2 朝鮮最初の印象1/2

仁川上陸

肥後丸は長崎で錨を巻いて、封州厳原で乗客を迎えて、朝鮮半島の南端、釜山港に錨をおろした。
私は日本化しつつある市街を見物した。
それから船は宇島を西に廻って、無数の島の間を縫って、黄海に出、京城より程遠からぬ仁川港に着いた。私はここで肥後丸を降りた。
仁川は開港場だが、港湾と称するには少々無理がある。海は泥で埋まった遠浅で、さす潮引く潮の差36フィート。 その上舟掛かりは狭く、かなりの船が56隻も来たら、もう一杯と思われる。

気持ちの良い景色

しかし、この地の風光は期待していたよりはるかによく、心地よかった。
海岸より見たところ、海岸沿い1マイルほどは木造の低い日本家屋が並んでおり、あまり壮観とは言えない。
ただイギリス領時間が厳然として目につく。もし、ドイツの商館やイギリス教会、日本領事館、日本民団役所がなかったら、 ほとんど無人の地という感がある。

仁川の中国人は堅実に発展している

上陸当初は副領事のウイルキンソン氏にご厄介になったが、生憎彼は客間を持っていなかったので、私は中国人の 経営する宿に一夜を過ごすことにした。
この宿屋は中国人街の一角にあり、日本人街を見下ろす見晴らしの良い場所にあった。
宿の名をスチュアートといった。
中国人は堅実に発展している。すでに豪華な門構えの会館もある。彼らの貿易額は日本人よりはるかに上で、 事実上仁川貿易を把握している。
彼らは中国貨物だけでなく、欧米の物品を販売し、もし持ち合わせがなければ直ちに品物を上海から取り寄せ、 顧客に満足を与えている。
仁川の関税はほとんど彼らのために設けられた感があるだけでなく、京城仁川間の運搬事業も彼らの独占するところである。
夜の更けるまで、彼らは労働をやめない。たたく音運ぶ音、無遠慮な大声がいつ目でも響いて、眠ることができなかった。
結局彼らが寝静まったのは、東の空が赤く染まるころであった。
中国人の努力を惜しまぬのは感心のほかなく、朝鮮経済界を制覇しているのも当然である。

最終更新日: 2013-11-14 20:51:08

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