4 漢江探検の準備

通訳の人選が難しい

イギリスを出発する前から、私は朝鮮旅行の困難さを手紙を通じて知っていた。
道路旅館食物など、ことに信用すべき下男と通訳を得ることは最も困難なことであると聞いた。
私は京城について数週間を夢のように過ごした。イギリス教会のカーフ牧師、そのほかいろいろな人が通訳 雇い入れに世話してくれたのだが、ほとんど絶望的である。
英語を理解する朝鮮人は大抵官立学校の卒業生か、メソジスト教会の付属学校の卒業生である。これらの人たちと会って、私は話を進めた。

 
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ところが、彼らは悉く不健康で、臆病で、意志の弱いものばかりであった。 同行の約束をした者も、翌日になると、虎がいるから嫌だとか、3か月も半年もの長い旅行は嫌だといって皆約束を反古にしてしまった。
ある鼻持ちならぬ者は、部屋に入るや否や安楽椅子に腰を下ろし、前後左右に揺れながら親父さんが質問するかのように、 様々なことを聞いた。
そして最後には、「旅行には一緒に行ってあげるから馬を3頭用意してくれ。1頭は自分用、1頭は手回り品、もう一等は着替えを9着積むのですから。」といった。
「おやおや、そんなに着替えが必要ですか」と尋ねると、「朝鮮人はイギリス人のように不潔ではないから」とうそぶいた。

とうとう中国人を使う

これでは朝鮮人通訳を断念するしかない。ついにカーフ牧師が、自分で使っていた元という中国人を貸してくれることになった
この男、昔は船頭をしていたが、英語もわかるし、忠実でよく働き、少しも不服のない関心な人物である。
私はこの男をつれて、しばらく旅をすることになった。

朝鮮の通貨

朝鮮国内旅行はイギリスあたりでは思いもかけぬ苦労が伴うものである。最も困るのは通貨である。
京城と開港場であれば日本の円銀および補助通貨が通用して便利であるが、一歩踏み出せば銭しか通用しない。
この銭、3200枚が1ドルに相当するからやりきれない。かといって旅行にお金は必要であるから、人か馬を雇って運ぶしかない。 100円を運ぶには6人の人夫か1頭の馬が必要になるから驚く。

旅行道具一式

さて、これから中国人の元を連れて舟旅行に出かける。まず船に積み込んだのは銭一山、日本銀貨1袋、その他旅行用具、その旅行具もなかなか嵩む。
一々書き上げてみよう。乗馬鞍1領、組み立て式寝台1組、夜具と布団、蚊帳、垂布、畳椅子、水嚢、緑茶、 カレー粉、小麦粉、七輪、フライパンその他の台所用具、湯呑み、ナイフ、スプーン、フォークなど。
このほかにいろいろ食料をと思ったが、実はその必要はなく、田舎に行けば卵、鳥、胡桃、米麦もある。

いよいよ出発

田舎に行けば欧州はもとより京城からも音信は途絶えるが、これは覚悟の上である。
日本製の地図を頼りに南漢江の上流地方へ向かう。目的地は山国で、急流も多いと聞いた。この辺りは未だ外国人の訪れたことのない地方で、特に女性の私が先鞭をつけるのは 淋しくもあるが、心が勇み立つのを覚える。

一人旅も危険ではない

多くの人が、このような冒険を婦人がするものではないと忠告してくれた。
しかし未開国の旅行はその当人のいうほどに危険なものではない。恐ろしい話など5割ほど割り引いて聞くもの。 残りの5割は漢江の水に流してしまえと思い、京城を後にした。

用意の小馬に乗る

1894年(明治27年)4月10日、京城の郊外は楊柳煙り、春霞たなびき、梅桃の花が咲き競い、 ヘリオトロープもやがて咲こうとするとき、私はかねて用意の仔馬に跨った。
かつて京城入りの折に出迎えてくださった方々に見送られ、南大門を抜け、軍神関帝の廟前をすぎ、木ベキ山麓の並木道、 琴の調べも松風や、旅の衣を吹かせつつ、漢江河畔にたどり着いた。そこで私は船に乗船した。

船に移る

船は長さ28フィート幅は4フィート10インチに過ぎない。今後幾日かの我が家と考えると、狭いこと甚だしい。 携行食料の袋、椅子寝具、着替えを積み上げているから、わずかに膝を入れるのがやっとである。
舳の7フィートと4インチはミラー君、元君、葵君の天地である。船頭は選手を兼ねた金老人とその使用人の酒好きの男。 都合6人が乗り込んでいる。

船頭の金老人

金老人は痩せて鶴のように見える。挙動は野卑さはなく、貴族のような風貌を備えた好人物であるが、 飛び切りの怠け者である。およそ世界に怠け者多しといえど、金老人はその怠け者たちを従える、ものぐさ王 としての資格を十分にもっている。
起きること遅く、寝ること早く、準備の時間をむやみに長くして、仕事は瞬時に中止する。
いかに春長い日中であっても、金老人の手にかかれば苦も無く空費されてしまう。1時間棹をさせば眠り、目覚めれば タバコ。牛の歩みは遅いが、私の船に比べれば疾風のごとき速さであろう。
籠に押し込められる如く、あるいは箱詰めにされたような格好で、その日の正午、私の船は出発した。 岸辺に見送る人たちが美しく見える。船の旅は以外にも心地よい。ただ鮮人の放つ悪臭とタバコの煙が困るだけである。

最終更新日: 2013-11-25 20:18:31

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