第3 朝鮮総督府

朝鮮総督府は明治43年8月29日設置されたが、当分従前の統監府およびその所属官署を残し、 朝鮮総督の職務は統監を通して行われていたが、朝鮮総督府官制が公布され、諸般の準備が整ったのち、 同年10月1日からこれを施行することとなった。
この日を施行記念日としている。
水源長安門

 
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総督府には、内務局、財務局、殖産局、農林局、法務局、学務局、警務局、通信局、鉄道局、専売局の10局がある。
朝鮮は行政上一三道に分かち、内地と同様立体自治制度を布いている。
道の下に一七府、二一八郡、二島を置き、郡をさらに分けて、邑、面としている。(府は内地の市、邑は町、面は村に相当する)
道には知事、府には府尹、郡には郡守、邑には邑長、面には面長を置く。
明治43年10月1日、時の陸軍大臣元帥陸軍大将寺内正毅拍は現職のまま初めて朝鮮総督に親任され、総督政治が始まった。
以来、ここに至るまで25年である。

明治38年12月21日統監府がおかれ、明治43年10月1日に廃止されるまで約5年間を統監政治時代という。

中枢院=中枢院は朝鮮総督に隷し、その諮問に応じるところであり、兼ねて朝鮮の習慣および制度に関する調査を行っている。
中枢院には、議長、副議長、顧問、および参議を置くが、議長は政務総監をもってこれに充て、他はすべて朝鮮人中から達識の士を選任する。
朝鮮統治の方針は一視同仁の大義に尊び、大正8年総督官制改正の際の詔にも民衆の愛撫に秋毫の差異を設けぬ旨を宣明あらせられている。
しかしながら、朝鮮と内地は著しく次以上を異にしているので、内地に行われる法律を直ちに朝鮮に延長施行することは困難である。
そこで総督が上奏裁可を得て公布する制令をもって定める法律により、規定されるものである。

最終更新日: 2013-12-10 07:20:44

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  第11 通信
  第10 貿易
  第9 商業
  第8 経済
  第7 金融
  第5 租税
  第4 財政
  第3 朝鮮総督府
  第2 朝鮮の戸数と人口
  第1 朝鮮は変わった

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